3/02/2022

いじめについて思うこと

お疲れさまです。


いじめの問題。
これについて常々思っていて、今後も自分の意見として一生変わらないだろうなって思うものがあります。
それは「いじめ」を認定するのは周りじゃないし加害者でもない、被害を受けた自身であるということです。
はたから見ればとか、加害している側の「嫌がっているように見えなかった」とかいうのはどうでもいいんです。

受けた側がどう思うか?
焦点はそこだけです。
そこに尽きる。


人によっては大ダメージかもしれないし、かすり傷かもしれない。
そういうのもどうでもいい。

気分が落ちる。塞ぎ込む。関わりたくない。顔を見たくない。
人がきっかけでそうなるのなら、そうしてきた人からいじめを受けています。


自分の許容範囲だし相手の許容範囲も同じくらいだと考えるのは、間違ってます。
あなたの考える地獄とその人の考える地獄が一致するわけがない。

発言、話題、言い方や態度。
どうしたものがいつ誰の地雷になり得るかなんて、わかったものじゃありません。
だからこそ、丁寧さや敬意というものを忘れずに人と接したいなと思う次第です。
なけなしの想像力ではありますが、相手の立場からも考えるように。
評価・判断は相手が行うことなので、自分のできる限りでのふるまいをするようにしています。

やられて嫌なことをしない。
この考えを前提に、「相手の立場からしたらこれは嫌だろうな」ということもしないように。
気をつけるようにしています。



お読みいただきありがとうございます。

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