フレーズとして耳にしたことはあるじゃないですか、「他人の不幸は蜜の味」。
あれってホントなん?っていう。
わたしはそんなわけないだろって思ってますけれど。
他人の不幸をネタにしたところで、別に自分の幸せになんの影響もないでしょと。
あっても悪い影響でしょと。
「不幸を願うこと」を呪いとわたしは捉えていますので、不幸ネタでもりあがるのは呪いとは言えない。
ただ、人を呪わば穴二つな言葉には当てはまるんじゃないかなって思います。
わたしかて嫌いな人はいるし、その人が不幸になることについて「いい気味だ」「因果応報よな」とか思うことはあります。
ただ、一言そう思って、あとはどうでもいいと忘れるようにします。
生産性がないので。
ある人が不幸になったことを喜んでたところで、なんかそんな自分が嫌なので。
自分の幸せってのは自分の中で決まることだから、他人が幸せになったとか不幸になったとかは自分に関係ないことじゃないですか。
近しい人は例外枠だけれど、普段の生活上での他人の不幸話なんてきいても、特に何も響きませぬ。
あれも嫌なんですよね、4.5人程度やそれ以上の人数グループになって特定の誰かの悪口・悪評で盛り上がるノリのやつ。
言葉悪くてごめんなさいですが、心底くだらないと思います。
そいつが評判どおりの悪いやつだったとしても、別に話題として持ってくる必要性がわかりません。。
なんやかんや言っておりますが、他人の不幸は蜜の味でもなんでもない。
耳にすることがあっても味わいなんて無味乾燥ですよ。
少なくとも蜜のように甘くはないでしょうて。
そんな話聞かされるくらいなら空を見上げて流れてく雲でも眺めながら「あー昼飯なににしよー?」とか考えてるほうがわたしは幸せですw
お読みいただきありがとうございます。
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