さて、馬鹿について。
この言葉、わたしは基本的に発言としていうことはありません。
聞かされる人の大半を不快にさせるけど和ませはしませんので。
ただ、あいにく自分を褒められた人間だという自己評価もしていないので心の中で「馬鹿だな」とこぼすことはありますが。
それでバカについての個人的な定義なのですが、学歴とか社会での地位で決まるものとは思っていません。
わたしの考える馬鹿は、学校なら進学校にだっているし、社会でなら上場企業にだっています。
判断の基準は能力ではありません。
人としての器だと思ってます。
1人だけで生きていくなら比較対象もなければ相手の存在もない。
無法地帯でどうぞご自由にとばかりに過ごしていくことができます。
馬鹿というものは存在のしようがないんです。
評価は他者がくだすもので、その他者がいないんですから。
そして、2人以上からは評価というものができるようになります。
相手に対して。
やたらとマウントをとりたがる人は時に学歴で、身体能力で、仕事の実績で自分と他とを比較して見下すようになります。
わたしは、その見下しているそいつを、馬鹿と評します。
要は、視野が狭くて想像力に乏しい迷惑なものを指します。
学歴が劣っても身体能力は上かもしれない。
逆も然り。
仕事で実績を上げていても、独断専行が過ぎていて周囲に嫌われているかもしれない。
逆に、実績こそ目立たなくとも周囲との調和を重んじていていい雰囲気を生み出している人もいる。
仮に、もし、学歴も身体能力も仕事の実績・人望も備えていたならどうか。
それでも人を見下すようなことがあれば、馬鹿者だと思う。
わかりにくいことばっか言ってて申し訳ありませんが、人の世の中で生きていて「自分がされて嫌なことを人にするやつ」と「相手の立場を踏まえずに常に自己の欲求を押し通そうとするやつ」は、どんなにいろんな能力値が高かろうと馬鹿です。
そう思っています。
個人的な考えですが。
わたし自身もできる限り、相手の立場を想像してみたり、されて嫌なことを相手にやらないことを心がけていますが、それもまた、ちゃんとできているのかはわかりません。
周りが見えない。
見えていても無視し我を通そうとしかしない。
それが、馬鹿なのではないかと。
そう捉えています。
いうてわたしも全然褒められた人間でもないので、気づける部分を気をつけ続けるのみです。
お読みいただきありがとうございます。