さて、優しい人、とやらについて。
物静かで、穏やかで、落ち着いていて雰囲気が柔らかい。
そんな、怒らない人。
はたして優しい人なのか?
みんなが優しい人ということではないかと。
物静かな理由。
穏やかな理由。
落ち着いている理由。
雰囲気が柔らかい理由。
それらから、怒らない人と評価される理由。
一つ一つが違います。
優しいと思われがちなそれらの一つ一つにより、たしかに間違いなく優しい人はいます。
ただ、全員そうではない。
物静かな理由は「疲れたくないから」。
穏やかな理由は「忙しいのが嫌だから」。
落ち着いている理由は「ただ、たまたま」。
雰囲気が柔らかい理由は「そうしておいた方が無駄に敵を作らなくてすむから」。
そんな理由だったりもします。
それに、怒るのって余計な体力の消費だったりします。
もちろん、純粋に優しさからそんな要素がでていることもありますが。
けれど人ってそんなに聖人君子ばかりではないです。
わたし個人の話になりますが、ありがたいことに優しい側の人だと評価していただくことがあります。
でもその理由って、まさに上記の内容なのです。
優しそうに思われる理由、それはただただ、「疲れたくないし、無駄に焦りたくもないし、余計な敵視が生まれるのがめんどくさい」。
怒るのも無駄に疲れること。
だから人畜無害に立ち回っているだけのことです。
冷たい話ですよね。
害がなく、うるさくない。
案外それで優しいと評価をいただいてしまいます。
わたしからしたら、優しいと捉えてくれる評価者のあなたが「優しい」のではないかと思っています。
なにが言いたいのかというと、自己評価と他者評価というものはこれくらいには違ったものだということです。
怒らない人が優しい。
それは事実の一つに間違いない。
ただ、その一つの事実だけとは限らない。
表面上と中身がともに優しい人もいれば、表面上だけ優しそうに見えて中身は打算的なわたしのようなのもいます。
怒らない人はたしかに優しいけれど、優しくない人もいる。
世の中複雑なもんですね。。
( ̄▽ ̄;)
お読みいただきありがとうございます。